俳句

春の風苦しむ鶏を抱きにゆく

 春の風苦しむ とり を抱きにゆく   宇多喜代子

                『りらの木』

むかし、宇多喜代子さんがNHK俳句の選者をしてらした時、兼題に投稿された多くの類句類想に対して、

「みな、私と同じような思いをしているのを見ると嬉しくなる」

という意味のことをおっしゃっていた。


亀鳴くてほんまでつか番頭はん

 亀鳴くてほんまでつか番頭はん   岩下芳子


俳句の季語にはおかしなものも混ざっている。

亀の鳴き声など聞いたことはないけれど、年長の人なら何でも知っている。

「春になれば亀が鳴く」と、どこからかで聞いた小僧さんが尋ねる様子がかわいい。


さはやかに明日を生きんと今は泣く

 さはやかに明日を生きんと今は泣く   有松洋子

                  句集『緑光』

秋の星鯉の告白聞きてをり

 秋の星鯉の告白聞きてをり   有松洋子

              句種『緑光』

のどけしや来世は鯨になると決め

 のどけしや来世は鯨になると決め   有松洋子

                 句集『緑光』

” のどけし ”は春の季語。

” 鯨 ”は冬の季語。

とはいえ、長閑なのは今であり、鯨は来世のわが身の話。

「季重なりはだめ!」

とか

「季またがりはだめ!」

とか聞くけれど、この俳句に不協和音はちっともない。

大海をゆったり泳ぐ鯨とイメージはむしろ合うと思う。

そして、” 来世 ” という言葉に少し悲しさ、儚さが見てとれる。

絵も文字も下手な看板海の家

 絵も文字も下手な看板海の家   小野あらた

猫は飼はず金魚も飼はずわれを飼ふ

 猫は飼はず金魚も飼はずわれを飼ふ   黒田杏子

                句集『花下草上』

パートナーが自分以外の何かに夢中になっていると寂しい。

猫でもなく金魚でもなく私の方を向いてくれていると気づく。

あたたかにいつかひとりとなるふたり

 あたたかにいつかひとりとなるふたり   黒田杏子

                 句集『花下草上』


人はいつかどちらかが去り、どちらかが残されていく。

” あたたか ” という季語のところがとても好き。

青空をもう知つてゐる子鹿の眼

 青空をもう知つてゐる子鹿の眼   星野高士

               句集『無尽蔵』

鹿の子は生まれてすぐに立ち上がる。

最初に知るのは細く折れそうな四肢で踏ん張る大地。

そして、空を見上げて青い空を眼に写す。

髪洗うたび流されていく純情

 髪洗うたび流されていく純情   対馬康子

               句集『純情』

髪を洗う行為は本来衛生の話だが、この句はそれが心情の話へと変わっている。

髪を洗うとき大方は生まれたままの裸であろう、シャンプーやすすぎ水が目に入らぬよう両目をつむることもあるだろう。

目をつむれば人の意識は内面に向かい、ともしれば自分の何かに ”目をつぶっている” 私を見つけてしまうかも知れない。

「髪洗う」は夏の季語なので、ある夏のシーンの俳句。

相談の結果今日から夏蒲団

 相談の結果今日から夏蒲団   池田澄子


夏蒲団という季語、生活感のあるシーンとして伝わる俳句。

「まだまだ、明け方は寒いよ~」

「いつも、暑いのか布団を剥がして寝ているよ!」

とか、世帯ごとの事情があろう。

ちなみに、我が家の敷布はひんやり加工の夏蒲団に入れ替えたが、春炬燵はそのままある。

”春炬燵”と”夏蒲団”と「季重り」のわが世帯。

すでに立夏はとうに過ぎ、春炬燵は夏炬燵になり季語でさえないかも知れぬ。



ピーマン切って中を明るくしてあげた

 ピーマン切って中を明るくしてあげた   池田澄子

                  句集『空の庭』

切られる前のピーマンの中は暗いのでしょうか?

うす緑色に皮が光ってぼんやり明るいのでしょうか?

作者はピーマンを切っている側ですが、

読み手はピーマンの中にいて明るくしてもらうのを待っています。

うごけば、寒い

 うごけば、寒い     橋本夢道

          『無礼なる妻』

普通は寒ければ、無駄に体を動かしたり、ぴょんぴょん跳ねたりするでしょう。

本当に本当に寒い地域では、動くと袖や首襟などの隙間から冷気が入り体が凍てるのです。

尋常ならざる寒さが伝わってきます。

マリが住む地球に原爆などあるな

 マリが住む地球に原爆などあるな     渡辺白泉

                   『白泉句集』

核兵器を作っている国があり、私の空の上をミサイルがまたぎ飛び、海に落ちます。

どうしたら良いのか、私にはちっとも分かりませんが、

世界から核兵器が無くなれば良いことだけは分かります。

ずぶぬれて犬ころ

 ずぶぬれて犬ころ     住宅顕信

              『未完成』

17音を使える俳句ですが、この俳句は9音しか使っていません。

短い言葉ですが作者は表現しきっているのでしょう。

白血病の作者の人生は25年でした。

私たちも平均寿命から自分の年齢を引き算すれば、

あと10年、20年の人生かも知れません。

だからこそ短詩形の俳句に余分は置いて表現したいものです。

咳の子のなぞなぞあそびきりもなや

 咳の子のなぞなぞあそびきりもなや     中村汀女

                    『汀女句集』

風邪をひきコンコン咳する子供、終わらないなぞなぞ遊びに付き合う母親。

なぞなぞが尽きれば、母はどこかに行ってしまうのではという心細さ。

だんだんと問い掛けは、なぞなぞになっていないかも知れません。


日記買う姉の意地悪書くために

 日記買う姉の意地悪書くために     三原瑛心

                「17音の青春」

GPSの位置情報アプリ、弟の現在位置を知るために使っている姉は多い

「鍵を忘れたから、開けといて」

「〇〇の近くにいるなら、〇〇買っておいて」

などなど

「けっこう、便利だよね~」、と

この”便利”は”弟”に対してでさえなく、”アプリ”に対して

三月の甘納豆のうふふふふ

 三月の甘納豆のうふふふふ     坪内稔典


国語の教科書にも載っている有名な俳句

俳句は17音、季語を入れれば残りはわずか

上五の「三月の」で季語が入り、残り12字

けれど、「 甘納豆のうふふふふ 」の意味や解釈は広い広い

吹雪くねとポストの底の葉書たち

 吹雪くねとポストの底の葉書たち     高野ムツオ

           『あの時 俳句が生まれる瞬間』

「吹雪くね」、とセリフの入った口語俳句、しゃべっているのは葉書たち。

ポストの底に重なって、励ましあっている。

投函口から冷気だけでなく、雪の欠片も入って来る。

そして、吹雪く音も聞こえてくる。

頑丈なポストの中とはいえ、少し不安で、少し安心

じゃんけんで負けて蛍に生まれたの

 じゃんけんで負けて蛍に生まれたの   池田澄子

                 句集『空の庭』

リインカネーション(輪廻転生)の句。

この世に生まれる前、みんなでじゃんけんする。

じゃんけんで勝った者から、人間が良いだの、

鳥はよいだの、ライオンがよいだの・・・決まってく

私は負けてしまったので、残っていたのは蛍に生まれることでした。

春の風苦しむ鶏を抱きにゆく

 春の風苦しむ 鶏 ( とり ) を抱きにゆく   宇多喜代子                 『りらの木』 むかし、宇多喜代子さんがNHK俳句の選者をしてらした時、兼題に投稿された多くの類句類想に対して、 「みな、私と同じような思いをしているのを見ると嬉しくなる」 と...