俳句

あたたかにいつかひとりとなるふたり

 あたたかにいつかひとりとなるふたり   黒田杏子

                 句集『花下草上』


人はいつかどちらかが去り、どちらかが残されていく。

” あたたか ” という季語のところがとても好き。

青空をもう知つてゐる子鹿の眼

 青空をもう知つてゐる子鹿の眼   星野高士

               句集『無尽蔵』

鹿の子は生まれてすぐに立ち上がる。

最初に知るのは細く折れそうな四肢で踏ん張る大地。

そして、空を見上げて青い空を眼に写す。

髪洗うたび流されていく純情

 髪洗うたび流されていく純情   対馬康子

               句集『純情』

髪を洗う行為は本来衛生の話だが、この句はそれが心情の話へと変わっている。

髪を洗うとき大方は生まれたままの裸であろう、シャンプーやすすぎ水が目に入らぬよう両目をつむることもあるだろう。

目をつむれば人の意識は内面に向かい、ともしれば自分の何かに ”目をつぶっている” 私を見つけてしまうかも知れない。

「髪洗う」は夏の季語なので、ある夏のシーンの俳句。

相談の結果今日から夏蒲団

 相談の結果今日から夏蒲団   池田澄子


夏蒲団という季語、生活感のあるシーンとして伝わる俳句。

「まだまだ、明け方は寒いよ~」

「いつも、暑いのか布団を剥がして寝ているよ!」

とか、世帯ごとの事情があろう。

ちなみに、我が家の敷布はひんやり加工の夏蒲団に入れ替えたが、春炬燵はそのままある。

”春炬燵”と”夏蒲団”と「季重り」のわが世帯。

すでに立夏はとうに過ぎ、春炬燵は夏炬燵になり季語でさえないかも知れぬ。



ピーマン切って中を明るくしてあげた

 ピーマン切って中を明るくしてあげた   池田澄子

                  句集『空の庭』

切られる前のピーマンの中は暗いのでしょうか?

うす緑色に皮が光ってぼんやり明るいのでしょうか?

作者はピーマンを切っている側ですが、

読み手はピーマンの中にいて明るくしてもらうのを待っています。

うごけば、寒い

 うごけば、寒い     橋本夢道

          『無礼なる妻』

普通は寒ければ、無駄に体を動かしたり、ぴょんぴょん跳ねたりするでしょう。

本当に本当に寒い地域では、動くと袖や首襟などの隙間から冷気が入り体が凍てるのです。

尋常ならざる寒さが伝わってきます。

マリが住む地球に原爆などあるな

 マリが住む地球に原爆などあるな     渡辺白泉

                   『白泉句集』

核兵器を作っている国があり、私の空の上をミサイルがまたぎ飛び、海に落ちます。

どうしたら良いのか、私にはちっとも分かりませんが、

世界から核兵器が無くなれば良いことだけは分かります。

春の風苦しむ鶏を抱きにゆく

 春の風苦しむ 鶏 ( とり ) を抱きにゆく   宇多喜代子                 『りらの木』 むかし、宇多喜代子さんがNHK俳句の選者をしてらした時、兼題に投稿された多くの類句類想に対して、 「みな、私と同じような思いをしているのを見ると嬉しくなる」 と...